General Assembly 2006 から

21世紀の世界市場における競合

欧州議会 副議長 Ingo Friedrich MEP


Mr. Chairman, Ladies and Gentlemen,

 英国のある古参の大学教授は、“競合にはルールが必要である。然しどのルールにするのか?”と言った。これこそが問題なのだ。

 大学で我々は一国の経済とその国のルールについて学ぶ。然し今日これらの国内ルールは不十分である。我々は‘ヨーロッパのルール’を必要としている。皆さんの会議用ファイルには、米国とEUの独占禁止法に関する説明資料が入っている。然様、複数の国内向けのルールを持つことは大きな前進である。然し21世紀の世界はグローバル・ルールを必要としている。でもそれはどのルールなのか?これは大きな問題である。

我々には後で述べるWHOという機関がある。
 先ず最初にヨーロッパの現状を眺めてみよう。ヨーロッパは殆ど地球上の天国であり得る--もし貴方がドイツ人をエンジニヤに、イタリア人を恋人に、フランス人をコックに、イギリス人を警察官に、そしてスイス人を銀行員に持てれば、これはほぼ天国に近い。然しもしこれを少し変えれば、天国と地獄の距離がさほど遠くないことが分かる。ドイツ人を警察官に、イタリア人を、銀行員に、フランス人をエンジニヤに、イギリス人をコックに、そしてスイス人を恋人に持てば良い--ほんの一寸変えるだけで、全てが変わってしまうのだ。
 ヨーロッパには農業からサービス業へ、製造産業からサービス業への大きな変化が起こっており、そしてこの地域の市民達は、これら多くの変化を本当に受け入れてはいない。彼等にとってこれらの変化は大抵の場合余りに急激であり、それ故彼等は政治家達に反対している。何故なら彼等は、政治家がこれらの変化の早さの原因だと考えているからである。

 然し技術の進歩や諸変化の速さの幾分かは産業界から、グローバル化した世界から、新しいアイデア、新発明、新技術からもたらされている。事実我々は20世紀においてさえこのような事態に遭遇しており、然しその速度、深度、規模において今日の変化は以前の変化の全てを上回っている。

 私のような立場の人間にとってまずしなければならない仕事は、世界化も非常によい結果を生んでいること、多くの貧しい国が新たなチャンスを得ていること、国境を越えての取引が出来、殆どの場合全てのパートナーに大きな利益がもたらされることを、わが市民達に説明することである。然し教会(保守派)は目下“このグローバライゼーションは良くない。これはアメリカや中国や日本といった大手プレーヤー達だけを助けている。貧しい国々は、損をしており、大国内の貧しい市民たちも損をしている”と説いている。それ故我々政治家達は常に、急速に変化する(我々には減速不能な)‘現実’と、大抵の場合このような規模の進展を受け入れられない‘普通の市民達’との間を繋ぐ‘掛け橋’を見つけなければならない。

 私が一番言いたいのは「ヨーロッパで我々は、いわゆる我々の‘域内マーケット’の中での小規模なグローバライゼーションの経験を多少持っている。」ということである。グローバライゼーションの核心とは何か?それは‘国境はさほど重要でない’ということである。国境は消滅する。それ故、国境開放に伴う問題とは‘これに付随するルールはどれなのか?’と言う問題に帰着する。

 米国のJeremy Rifki教授はこの状況について非常に面白い見方をしている。彼は我々ヨーロッパ人に向かって“貴方がたは既に国境開放の結果について、及びこれにどう対応するかについてある程度の経験を持っているのだから、運が良いと思うべきだ”と言った。我々の‘EU域内命令’directivesはこの状況に対してある程度の秩序をもたらしている。まず第一に、物事を均等化することを目的をしているEU命令が存在している。例えば、現在4億5000万の人口を擁するヨーロッパ・マーケット内の全てのパートナーのための技術的ノルマは、(どの国に対しても)同等に定められている。これらのいわゆる‘調和化命令’harmonization directivesは、国境開放の故にそして競合がルールを必要としている故に必要である。それ故、ルール・カテゴリーの一つは‘調和化’である。これの利点は誰もが皆実際に‘全てのパートナー向けの同一条件’を持つことであり、然しマイナス点は、もし貴方が余り調和化を行わなければ、大量のお役所仕事を生み出すことである。

それ故、第二カテゴリーの命令が用意されており、これは誰もが受け入れなければならない最低限の基準--例えば社会的/環境的/教育分野での--を定めている。これによって貴方は、ヨーロッパ各国が--それがポルトガル、ギリシャ、スエーデン、イタリアであろうと、また英国、ポルトガル、スエーデンの如何なる企業であろうとも--この最低基準を満たさなければならないことを保証され得る。然しもしある国がこの基準より高いレベルであることを望むのであれば、そうすることは禁じられていない。でも此処で幾つか問題が生じる。例えば、環境状態には一定のレベルが規定されているが、各国にはそれぞれの政治的な事情があって、例えばドイツはより高い環境基準を要求している。それ故ドイツの諸企業は自社の製品が、最低基準しか満たしていないヨーロッパの他の地域の製品より値段が高くなるという不利益に見舞われる。然しながら、最低基準が規定されているお蔭で、各国間の相違は世界マーケットにおける程には大きくない。

ルールの第三のカテゴリーは‘相互承認’mutual recognition--メンバーがお互いの相違をそのままにして置く--に関するルールである。 例えば学校教育分野の全体について眺めた場合、例えばギリシャの医師はドイツやフランスの医師とは異なった条件の下で訓練されているもののようで、トレーニングが全然違っている。従って第三カテゴリーはある程度‘政治的’である。もし我々が、‘結果’を認めているのであれば、この相互承認の下でそれぞれにしたいようにさせることは比較的容易である。Rifkin教授は“ヨーロッパ域内マーケットで国境開放の問題の解決に当たって行われたのが正にこれであって、これはグローバル・レベルでも再度行われる必要がある--何故なら、我々は、今すぐにではなくても、今後ますますオープンマーケットの方向に向かって進むだろうからである”と述べた。今後10年間に、中国、日本、ヨーロッパ、米国を遮っている国境の壁は、現在のそれより低くなるであろう。それ故Jeremy Rifkin教授は“WHOは世界共通のルール--多かれ少なかれ、ヨーロッパが20世紀に作らなければならなかったと同様の--を見付ける必要がある”と述べている。

 国境の開放に関する我々の経験とは何か?我々が今居るNurembergという町はFurthという町と隣り合っている。今日この二つの町の間には何も違いはないが、400年前には間に境界があった。何故なら Nurembergの科学者と企業は、Furthからの競合から身を守りたかったからであった。今日でさえNurembergの一部の人達は“境界が無くなって残念だ!”と言っている。

 然しながら我々はブランスとドイツ、Wuertemburgと Bavaria、ドイツとチェコ共和国の間に国境を持って今日に至っている。もしこれらの国境が開放されたならば、貴方も幾許かの経験を持つであろう。国境を開放した時何が起こるのだろうか?先ず貴方は、全てがうまく働かなくなる

‘混乱状態’に当面しなければならない。我々が旧ドイツ人民共和国に国境を開放した時の状態は酷いものだった。何千台もの小さな乗用車がやって来た。物価は東側のほうがずっと安かった。それ故最初の段階は‘混乱状態’であった。第二段階で両者の差は小さくなった。高かった西側の値段は--いつもの通り--下がった。これは英国人David Ricardo--250年程前の有名な経済学者Adam Smithの弟子--が唱えた理論の通りであった。彼は“ヨーロッパの現実が証明している通り、最終的に、即ち国境開放の第三段階で商売や富や仕事が増加する”と述べた。

それ故「国境の開放は危険だ」とする多くの人々の考えとは逆に、長い目で見た場合、5世紀に亙って行われたヨーロッパの国境開放の経験の全ては、これが大企業にとってだけでなく、普通の市民達にとってもプラスであったことを最終的に証明した。

WHOはドーハ・ラウンドで、これと同じような問題、即ち「どのようなルールを作るべきか」という問題を抱えている。ヨーロッパでは我々は今述べた3カテゴリーのルールだけを持っている訳ではない。しかし今回は、国への資金援助に関するルールを定めることからスタートしている。公正な競合を確保するためにどういう資金援助を与えるべきか?WHO内の全世界的な見解はまだこの段階にまで纏まっていない。WHOで我々は、割当てquotas、国境の部分的開放、農産物などについて話し合っている。

それ故私が言いたいのは”長期的に国境の開放は全ての人々にとって良いことだが、ルールが必要である”ということである。これはかなり複雑な問題だが、でもやらなければならない。

次に‘エネルギー’という大きな問題に移ろう。欧州委員会から「‘持続可能なエネルギー’に関する種々の新しいアイデアを、我々は如何に利用できるか」を論じ、「核エネルギーは決して除外できない」という新たな論議にまでも言及している新提案が提起されている。多分、最近のエネルギー価格の極端な動きからして、我々は核エネルギーの利用の必要をも話し合わなければならないであろう。

新しいアイデアの導入や技術革新innovationも非常に重要である。ドイツの会社Boschは新たにパイオマス・オイル(植物を資源とする燃料油)を開発した。従って我々は将来中東からの原油に余り依存しなくなるかも知れない。ヨーロッパが使う燃料油の20%を植物資源から生産することが目標に置かれるであろう。いわゆるEuro 5 Norm規格をさえ超える高品質のオイルを生産する可能性を備えている数種類の植物が存在している(自動車用燃料規格Euro 5 Normは、カリフォルニア州知事Arnold Schwarzeneggerが提案した品質規格とほぼ同等である)これは新たな燃料油、我がヨーロッパ独自の新製品となり得る。

それ故、これら全ての変化に対応して我々の市民達を助けるもう一つの方法は、技術革新、新製品、新アイデア、新サービスの導入である。「言うは易く行なうは難し」ではあるが、例えば携帯電話はヨーロッパに250万の新たな職場を確保している。目下我々は新しいGSP navigation systemをヨーロッパに構築することを検討しており、これは20万の新しい職場を生むであろう。

 では纏めに入ろう。私及び政治に関わっている私の親友や同僚達は、三つの命題を与えられている。我々は「21世紀の世界経済の実情が非常に急速に変化しつつあって、我々の選挙民、我々の市民達の大部分はこれを受け入れたくないと考えており、然し我々はこの変化の速度を緩めることが出来ないので、市民達の気持ちと21世紀の現実との間を繋ぐ橋を掛けなければならない」という問題を抱えている。世界化は受け入れなければならず、普通の市民達にとってプラスであることが実証されなければならない。

 我々はこれを、信頼出来、受け入れ得るものに作り上げなければならない。それ故グローバライゼイションには幾つかの基本ルールが必要である。この作業をWHOとドーハ・ラウンドに開始させて欲しい。21世紀の世界の安定のために、これは極めて重要である。我々は世界の幾つかの地域で安定に関して--例えば幾つかの宗教的騒乱といったような--新たな危険の発生を認識し、これに当面しなければならなくなっている。事実我々は、ヨーロッパでのスタートに当たって、これら3カテゴリーに関してグローパル・ルールが必要であった。

 我々は成長を増進するために産業に関する官僚制度を減らす必要がある。何故なら、もし我々が経済成長の増進に成功すれば、我々は市民達--彼等は余り資力が無く、或は病んでいる。--を資金的に支え、日本の同僚達が当面しているような‘人口構成の高齢化状況’を賄って行くことが出来るからである。

 我々は中国が日本と同じような道を見出すことを希望している。今日日本は世界経済のチャンピオン・リーグにおける非常に信頼出来るパートナーになっている。現在中国の一部の部分は信頼出来ず、我々が‘全世界的な公正な取引’のために持たなければならないルールの受け入れに余りフェアでない。

最後になったが非常に重要なこととして、新たな職場を創る機会を持たなければならない。これは西側世界における我々の主要課題である。 我々は、成功をおさめている皆さん産業を必要としている。それ故、我々は、幾つかの--適正--なルールの枠内での国境の開放を達成しようと試みている。

ご静聴を感謝する。


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