はじめに
名古屋駅の地下で昼食にみそ煮込みうどんを食べ、一服したあと名鉄(名古屋鉄道)・犬山線の特急に乗り岐阜県方面に向かった。途中の犬山や木曽川を越え名古屋から30分程すると、終点の新鵜沼駅に着いた。駅前からタクシーに乗り田園地帯を20分程度走り抜け、暫くのうちに道路沿いに"MYM"の大きなロゴが目に入る。本日の訪問先である国内有数の水栓メーカー滑多村合金製作所・富加工場である。
私ども伸銅業にとって、水栓金具のメッカとして有名な美山(みやま)地区。この美山は、滑多村合金製作所・富加(とみか)工場から車で約1時間山側に入ったところにあり、同社の創業者 北村静男氏の生誕の地にあたる。創業者が、第二次大戦後の昭和22年、故郷の岐阜県山県郡美山町に給水栓や排水栓等の水廻りの工場を建設し、水栓事業を発展させたことが、その後の水栓金具と美山の地名を有名にした由来になる。
今回、京都ブラス鰍フ紹介で滑多村合金製作所を訪問することになり、清水常務にお話を伺うことができました。このご紹介欄では、明治時代に生まれた創業者の心意気とその後の同社の発展をお届けできれば幸いです。
滑多村合金製作所 富加工場
(1)会社概要
社 名 株式会社 喜多村合金製作所
本 社 岐阜県 山県市富永868
創 業 大正13年10月
設 立 昭和36年10月
代表者 代表取締役 北村 朋嗣
資本金 8,000万円
売上高 168億円(前年実績)
従業員 510名
(2)事業所
1.本社・工場 岐阜県 山県市富永868 (TEL)0581−52−2111
2.富加工場 岐阜県 加茂郡富加町高畑641 (TEL)0574−54−2121
3.営業所 札幌・仙台・東京・神奈川・長野・大阪・広島・福岡・他多数
4.関連会社 潟^ツタマ 愛知県 岡崎市大門1−2−5
龍玉精工梶@ 愛知県 岡崎市大門1−5
(3)同社の創業と沿革
大正13年 北村鋳造所を名古屋市西区に設立
昭和 7年 合名会社 北村製作所として法人組織化
給水栓・排水栓・消化栓・ポンプなどの水周り部品の製造開始
昭和22年 岐阜県山県郡美山町に工場建設
昭和23年 社名を喜多村合金製作所に改名
昭和36年 株式会社喜多村合金製作所を設立
"MYM"を商標登録
昭和43年 関連会社として龍玉精工株式会社を設立
昭和55年 富加NC工場建設
昭和59年 会社創立60周年としてキャンペーンカーで全国巡回PR
平成 6年 富加工場の部品加工の無人化
平成14年 damixa社(デンマーク)と提携
1)"はじめに"でご紹介したが、同社は大正13年に創業、今年で80周年を迎える。
創業者の北村静男氏は、11歳の時に故郷の岐阜県美山町を離れ、一人で名古 屋市内の鋳造所に働きに出た。その後7年経過した大正13年10月、まだ18歳にな ったばかりの時に独立し、名古屋市内に北村鋳造所を設立することになる。現在の梶@喜多村合金製作所の前身である。
同社の履歴書には、「北村青年は、15銭で購入したヤスリ2本と、その磨かれた技術だけが頼りの、たったひとりきりで船出した」と書かれている。独立心旺盛な青年のバ イタリティに時代が後押ししたのである。
2)その後同社は、昭和7年4月に合名会社・北村製作所へと法人化する。昭和初期の国内環境整備の一環として上水道の整備が始まると、それまでの手押しポンプから便 利なバルブへと移行し始め、同社はバルブ製造を手がけることになる。
「大力印バルブ」名は広くアジアにも広まり、現在の事業に繋がる水栓メーカー・北村製作所の誕生である。
3)国内の多数の製造業と同様に同社も第二次世界大戦の辛酸をなめ、名古屋の本社工場や岐阜県の分工場も全て戦火に包まれ、灰塵にきしてしまう。
悲嘆にくれるまもなく、明治生まれの創業者が戦後再起をかける場所に選んだのが、生まれ故郷の美山であった。本人と故郷民との会話を今では振り返るよすがも無 いが、名古屋ではなく美山を選択した時の思いは如何ばかりのものであったであろう か。昭和22年に美山工場を建設。同社協力会社の成長や従業員の独立等により、 美山地区は国内でも有名な水栓具製造拠点へと成長していくことになる。
私ども伸銅業にとっても、伸銅品の納入拠点として大都市名古屋では影が薄かったが、美山の地名であればこそ長く残ることになったのは幸いであった。
同社の登録商標"MYM"も"みやま"のローマ字からとられていることは有名であ る。
(4)経営理念
"喜多村合金の使命は、全生命の根源である水に感謝を捧げ、人間生活の向上発展に寄与しうる機器を開発して、広く社会に奉仕し貢献することである。我等喜多村 合金人は、その使命達成のためつねに新らたな生成と発展に一路邁進し、自然の理 法との一体感を以って知性高く積極への道を永遠に歩まんとするものである。"
経営理念を伺うと、その会社が、社会に対し、従業員に対し、株主に対し、何を 求め何を還元しようとしているのかがうっすらと見えてくる。この点では、喜多村合金 製作所には、「素敵な心になりましょう」と題した社員必携があり、経営理念だけでは 語りきれない経営者の思いが、丁寧に社訓・信条・誓いの言葉・実業人訓・われらの 三唱・社歌・等々に記載されている。
喜多村合金の名前の由来も、創業者の北村名をもとに、"喜"びの"多"い"村"を目指すとの意思表示とお聞きした。
左から、野村取締役購買部長・清水常務取締役・山口生産管理部長
(5)事業内容
1)同社の営業品目
1.浴室用シャワー混合水栓・キッチン用混合水栓・洗面用混合水栓・等
2.JIS混合水栓 及び給水栓
3.衛生陶器付属金具
4.システム配管部材
2)水栓具(1と2)を機能構造で分類すると、以下となる。
1.単水栓
オリジナルな水栓構造で、一つの蛇口から水か湯のどちらかが出るタイプ。
2.混合栓(シングルレバー)
一つの蛇口から複数(水と湯)が出るタイプで、レバー(ハンドル)の首振りにより、水と湯を選択できる。
3.混合栓(2ハンドル式)
2種類のハンドルで、蛇口からでる水と湯を選択できるタイプ。
4.サーモスタット式
湯の温度調節が出来る機能を付加した高付加価値タイプ。
風呂用に多く採用 されるようになっている。
同社は、シングルレバー式のシェアが高く、この分野では国内シェアの35〜36%を占めている。
[シングルレバー]
[壁付きサーモスタット混合栓]
3)システム配管への重点志向
蛇口やバルブ・ジョイントの単品販売に加え、配管と蛇口を接続するトータルの配管システム販売を付加価値のある新分野として期待している。各種ジョイント部の改善とヘッダー工法の開発により、配管と蛇口のシステム化が実現し、従来工法に比べ接続箇所が大幅に削減されることで、工期も短く、漏水の危険も少なくなった。それゆえに、同社はこの新規分野に注力しているのである。
伸銅業にとっても、建築関係者に広く推奨している戸建住宅での銅管のヘッダー工法の技術が、側面的にサポートしていることになる。
[Tジョイント配管システムと部品]
4)damixa社(デンマーク)との提携
水栓金具の世界シェアでは、同社7位、damixa社8位の2社が平成14年に業務を提携し、信頼性の高い同社製の内蔵部分とdamixa社のデザインを融合させた水栓製品を、国内市場に提供できるようになった。この提携により、大衆商品のイメージがあるMYMブランドと高級品イメージのdamixaブランドの組み合わせが実現した。
(6)伸銅品の使用と伸銅業への要望
1)伸銅品の使用状況
足許では、500T/月程度の伸銅品をご使用頂いている。品種別には、黄銅棒が多く、ついで青銅、黄銅管、銅管、他が、継手部材、配管、口部他の部品に多く使われている。蛇口表面には銅鋳物を研磨したものが多い。
ただ、水栓部品によっては銅素材から樹脂への切替が進み、同社全体では、嘗てに比べると銅の使用比率はかなり低下している、との説明があった。
2)伸銅業への要望
伸銅業への要望を伺うと、以下の2点を指摘受けた。何れも少し耳の痛い悩ましい指摘であるが、お客様の声としてそのままお伝えしたい。
1.樹脂・ゴム等の他素材との競争力
サーモスタット式混合栓の機能部品であるサーモカートリッジと混合栓の給水・給湯接続管を引き合いに、黄銅棒や銅管の銅素材から樹脂成形品・樹脂管に切替った事例の紹介を受けた。
サーモカートリッジでは、従来の黄銅製に対し樹脂製が多く採用されている。理由を伺うと、両素材ではスケール・腐食・耐久性・等の機能では大きな差が無いため、両素材のコスト差が大きく製品価格に反映する。サーモカートリッジ商品のカタログ価格では、樹脂品は黄銅の半分以下と表示されていた。
銅管から樹脂管に切り替わったホースの事例もお聞きした。銅管の直管が加工性と作動性の改善のためジャバラ型の銅管に変わり、その後樹脂管に切替ってしまっている。機能性ではジャバラ銅管と樹脂管に差は無いが、両素材のコスト差が大きかったようである。
2.鉛レス快削黄銅棒の製品統合
水道法の強化により水廻り製品の製造販売を業とする同社にとって、環境対応は避けては通れない課題である。そうした背景の中で、鉛レス快削黄銅棒の採用も当然のように検討テーマとなっている。ただ、同社にとって鉛レス合金を採用するには、6種類の合金数の多さがネックとなっており、現場では、スクラップも含めた管理面が複雑になることに懸念が多いようである。それゆえ、伸銅業として鉛レス合金の採用を大きく伸ばすためにはとの前提で、単一メーカーの利害を忘れ、業界で規格統合した製品を提供して欲しい、との要望があった。
7〜8年前に国内の水栓蛇口の首振り規格が統合された時に、同社にとっては規格の統合案が同社の首振りとは逆方向であったが、業界統合規格の実現にむけ自社の利害を捨て受け入れを協力されたようである。こうした事例を持たれているだけに、6種類の鉛レス合金の統合に向けた要望には率直なものを感じざるを得なかった。
この案件も厳しい課題ではあるが、そのまま記して頂くことにした。
おわりに
同社の訪問を終え、製造業と地域の結びつきを振り返らせて頂いた数時間であったことに気がついた。昨年(平成15年4月)の美山地区町村合併により、同社の本社の所在地が岐阜県山県市富永と変わってしまい、残念ながら、今はもう美山を現す地名はこの地には存在しないことになる。寂しい限りであるが、伸銅業に携わる私どもにとって、株式会社喜多村合金製作所のMYMブランドと共に、水栓金具の美山の地名が永遠に残るよう努めていきたいものである。
こんなことを考えていると、名鉄は次第に名古屋の雑踏に近づいていった。
[ 紹介会社 京都ブラス株式会社 ]
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